なぜ北朝鮮の最高幹部に「萌え」を感じるのか?「金 与 正 かわいい」の検索ワードが日韓ネットで急増する怪現象と政治的ミームの深層
金 与 正 かわいい――一見すると、東アジアの安全保障を揺るがす北朝鮮の最高幹部には到底そぐわない検索キーワードである。しかし2026年現在、日本のX(旧Twitter)やTikTok、さらには韓国のオンラインコミュニティにおいて、金正恩朝鮮労働党総書記の妹である金与正(キム・ヨジョン)党副部長に対するこの奇妙なワードの検索ボリュームが著しい上昇を見せている。国際ニュースの凄惨な報道とは裏腹に、SNS上では彼女の表情の変化や立ち振る舞いを切り取った動画が連日拡散されているのだ。
軍事パレードで見せる冷徹な眼光や、韓国・アメリカを烈火のごとく非難する談話を発表する一方で、なぜ一部のネットユーザーは金 与 正 かわいいという文脈で彼女を観察し消費するのか。単なる一時のネットミームなのか、それとも現代社会の心理的メカニズムが引き起こした奇妙な産物なのか。本稿では、日韓のSNSデータ解析と政治心理学・メディア論の専門家への取材を通じ、この不気味とも言えるトレンドの裏に潜む構造を掘り下げる。
検索ワード急増の背景:SNSで拡散される「15秒の切り抜き動画」

検索アナリティクスツールによれば、「金与正」に関連する検索クエリの中で「かわいい」「美しい」「スタイル」といった美容・ビジュアル関連のワードが急上昇したのは2025年後半から2026年にかけてのことだ。主な拡散源となっているのは、TikTokやInstagramのリール動画に代表されるショート動画プラットフォームである。
ユーザーが投稿するのは、彼女が首脳会談の場で兄の金正恩氏の傍らに控え、手帳を素早く差し出す様子や、ふとした瞬間に見せる微笑み、あるいは髪をかき揚げる仕草などをエモーショナルなBGMとともに編集した15秒ほどのコンテンツだ。ニュース番組の硬い映像から政治的文脈を完全に脱色し、純粋な「キャラクター」として消費する層が、特に若年層を中心に一定数存在している。
「冷徹な毒舌家」と「ふとした笑顔」が生む強烈なギャップ効果

なぜ彼女の映像がこれほどネットユーザーを惹きつけるのか。社会心理学の専門家は「強烈な『ギャップ効果(認知の落差)』が視聴者の心理的インサイトを激しく刺激している」と指摘する。
「金与正氏は『太平洋を太平洋として使わない』『狂犬の遠吠え』といった極めて攻撃的かつ辛辣な言葉で対外批判を繰り返す人物として認識されています。絶対的な恐怖や冷酷さのシンボルである人物が、ふとした瞬間に見せる控えめな仕草や柔らかい表情。人間はあまりにも巨大な落差を目の当たりにした際、脳の警戒信号を一時的に麻痺させ、それを『ギャップ萌え』や『親しみやすさ』として再解釈することがあります」
この感情の振れ幅こそが、アルゴリズムに乗って高いエンゲージメント率を獲得する最大のエンジンとなっている。
ハイブランドを着こなす政治家:ファッションアイコンとしての視線

政治的な文脈を排除した「ビジュアル分析」もネット上で目立つ。2023年以降の海外訪問時などに金与正氏が身につけていた高級ブランドのバッグや、洗練された黒のシックなスーツスタイル、ミニマルなメイクアップが一部のファッション愛好家やトレンドウォッチャーの注目を集めた。
「北朝鮮の指導部=古めかしい共産圏の服飾」という従来の固定観念を覆す、洗練されたモードな佇まい。これがZ世代のネットユーザーから「北朝鮮の氷の女王」「クールビューティー」といったフィルターを通して見られ、ファッションアイテムとしての文脈で語られる一因となった。権力者としての威圧感とハイセンスな身なりが合致した結果、異質なカリスマ性がネット上でひとり歩きしている格好だ。
独裁政権のイメージ戦略か?視線を集める「ソフトパワー」の影
しかし、この現象を単なるネットユーザーの戯れとして笑い飛ばすことはできない。安全保障の専門家は、こうしたポジティブなビジュアルの拡散が北朝鮮側の意図的な「ソフトパワー戦略」に組み込まれている可能性を排除しない。
元外務省分析官の治安問題アナリストは語る。「独裁国家において、メディアに露出する権力者の映像は1フレーム単位で厳重に管理されています。与正氏が見せる『細やかな気配り』や『親しみやすい笑み』が外部に流出することは、彼女を『冷酷な独裁者』から『人間味のある魅力的なリーダーシップの一翼』へとイメージチェンジさせる計算された演出であると考えられます。ネット上で話題になること自体が、北朝鮮の恐怖政治の毒気を抜くステルス広報として機能してしまうリスクがあります」
ニュース価値の空洞化:ネットミーム化がもたらす現実の希薄化
さらに深刻なのは、重大な国際政治のニュースがミーム化(ネタ化)することによって、現実の脅威に対する人々の感覚が麻痺してしまう現象だ。
東アジアにおける安全保障環境が緊迫し、核開発やミサイル発射が繰り返される現状があるにもかかわらず、SNSのタイムラインでは「金与正の新作動画」として軽快に消費される。情報の過多と短縮動画文化がもたらすこの「リアリティの空洞化」は、現代のデジタルメディア空間が抱える大きな課題でもある。視聴者は画面の中の金与正氏をアニメやドラマの「悪役ヒロイン」のように楽しみ、その背後にある人権侵害や安全保障上の真のリスクから目を背けてしまうのだ。
報道とネット世論の温度差:私たちがこの現象から読み解くべきこと
この奇妙な検索現象は、一見すると不条理で軽薄なネットの戯言に見える。しかしその実態は、SNS時代のアルゴリズム、人間の認知バイアス、そして国家の広報戦略が複雑に絡み合った現代特有の社会現象である。
私たちがスマートフォン越しに見ている「15秒の映像」は、緻密に切り取られたモザイクの一片に過ぎない。バズやエンタメとして表層の魅力を楽しむ視点が存在する一方で、その背後にある冷徹な政治的リアリズムを見失ってはならない。消費されるイメージの裏側に横たわる本質を見極める眼差しこそが、情報過多の時代を生きる私たちに求められている。 (出典: 金 与 正 かわいい(Yahoo!ニュース))